食のプロ・コラム

「旅の話」

  • 2014年03月03日
  • 日本フードコーディネーター協会

(有)ヴァンセーヌサービス代表
日本フードコーディネーター協会
常任理事   酒井 一之


「旅の話」

 

私がフードコーディネーターとして働いている原点は、50年間フランス料理に携わり、内14年間デンマークとフランスで生活をし、ヨーロッパのほとんどを車で旅をした事であると思っている。

各国で出会った色々な食べ物、酒、出会い、そして人々との語り合い。冒険や失敗も有ったが、若かった頃は旅が楽しくて仕方がなかった。旅は未知を訪ねるだけ ではなく、懐かしい地を訪ねることもある。国内旅行も魅力だが、今でも年に1〜2回は外国に出かけてしまう。 私は自分を「旅をする料理人」だと 思っている。

 

子供の頃、大きくなったら何になりたいの?と大人に聞かれると

「僕は旅人になりたいの」と答えたことを覚えている。

 

旅人と言っても日本の「股旅物の旅人」ではなく、当時は外国旅行は思いもつかない夢の又夢で、子供の頃読んでいた「フランダースの犬」や「ハーメルンの笛吹き男」「家なき子」などのメルヘンに影響され何となく軽い気持ちで旅人に憧れていたようだ。

挿絵に書かれた地平線の並木道、肩に担いだ長い棒の先に荷物が括り付けられ,村から村へと旅を続ける旅人。外国ってこんな景色なんだと物語の背景を理解していた訳ではないが、見た事のない世界に憧れた子供時代だった。

 

そして大人になりかけて、出会った小説が子供の頃夢見た「旅人」への憧れに更なる火を付けた。

 

「もう一つどう?」

 彼女は頷いた。彼は給仕に合図した。

「カルバドスをもう二つ、大きいのにしてくれ」

「大きいので?いっぱい注いで?」

「そうだ」

「すると、カルバドスのダブルを二つと言う訳ですね?」

「その通り」

ドイツの小説家レマルクの有名な小説「凱旋門」の冒頭に、主人公のラヴィックがパリのポン・ヌフ橋で出会ったジョアン・マゾーを誘い、シャンゼリゼのカフェ「フーケ」でカルバドスを注文する場面である。

 

小説に登場する聞いた事も、まして飲んだ事もない「カルバドス」に憧れた。更にそれ以来見るフランス映画や読むフランスの小説には、ほとんど料理が登場する事で、子供以来持ち続けていた「旅人」の夢が料理を通して膨らみ、どうしても外国に行きたいと思い詰めたのは、大学にも籍を置きながらもフランス料理を志して、ホテルに就職した東京オリンピック3〜4年前の事である。

 

フランスに行きたいので当然選んだ職種はフランス料理。だが当時の給料は手取り9000円位、1$=360円、持ち出せる外貨は500$、片道の旅費は15万円位。

パスポートは今と違って、数次ではなく1次で、渡航目的欄が有り観光旅行か業務渡航とはっきりパスポートに記入される。

業務渡航は受け入れ先が必要で。観光旅行は往復の切符を購入しなくてはならない。若かった私にとって当時の外国旅行は非常に難関であった。

 

当時ヨーロッパに行くには34裏通りの方法が有った。

★横浜からマルセイユまで船で行く。ただし、中東で戦争が起こり、スエズ運河が通れないとアフリカ喜望峰周りで約一ヶ月の旅になる。

★南回りの飛行機を利用する。これは日本を出て台湾、東南アジア等を経由して行く方法。

★北回りは、日本、アンカレッジ、北欧経由ヨーロッパ。

★もう一つは横浜から、ナホトカまで船、そこからシベリア鉄道でハバロスクまで飛行機に乗り換え、モスクワまで9時間、汽車で当時のレニングラード(現サンクトペテルブルク)経由ヨーロッパと言う4〜5日かかるが料金が比較的安く途中観光も出来るコース。

 

運や夢はどう転ぶか解らない。

デンマークの料理店が料理人を捜していると上司から紹介されたが、ここからは自分では何ともしがたい壁にぶつかる。貯金等ある訳もない。が夢は膨らむ。最大の難問資金。

親に頼み込んで、なんとか費用を工面して、最大の難関は突破。

色々あったが、あっという間にあこがれの外国行きの夢実現。

それからは外国に行ったら日本料理も知らなくてはと上司の計らいで、朝早く豆腐屋で豆腐の作り方を習い、ホテル内の寿司、天ぷら、すき焼きのレストランで和食の勉強させていただいた。

 

夢の実現に一歩近づいたが、

どうやって外国行きの交通手段を見つけるか全く解らない。交通公社に行き相談しパスポートの旅行目的にはあり得ない目的「クッキング・トレーニング」と書いてもらい(このお陰で後に労働許可書を取る時に助かった)、横浜から船で当時のソヴィエト(現ロシア)経由の旅程を組んでもらい、北欧に向かうことにした。1966年の事で、帰国する1980年、14年間の旅の始まりであった。

 

帰国してから現在までも旅は続く。

想い出は忘れ易く、訪ねた街も時間の経過とともに変わる

時系列にとらわれず、時間の許す限り、「旅する料理人」が見てきた事、食べてきた事、料理の源流を覗いてきた事等々を書いてみたい。

 

旅の便り、時々フードコーディネーター協会のHPを覗きこのエッセーを読んでいただければ幸いです。

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