食のプロ・コラム

日本料理コンペティション宣言      梁山泊 主人 橋本憲一氏

  • 2010年06月03日
  • 日本フードコーディネーター協会

   

  

日本料理アカデミー・
日本料理コンペティション副運営委員長

梁山泊 主人  
橋本 憲一 

 


日本料理コンペティション宣言
 

この十年は特に、海外で空前の和食ブームが起こっている。
ニューヨークのマッハッタンだけでも和食の店は四百軒を超えるとか。
ソウルの著名なホテルでは韓国料理店を閉じて、日本料理店を
拡充させている。
東京、京都・大阪のミシュランガイドブックにおいても華々しく
日本料理が取り上げられている。
日本料理は我が世の春を謳歌している、ようだ。
 しかしわが国における現実は、日本料理を志す若い人が急激に
減っている。
調理師養成機関でも、希望者が集まらず日本料理コースを閉鎖する
ところも出始めている。
若くピカピカした才能に恵まれなくなる日本料理の将来は危うく、
重い闇が垂れ込めている。

この主な原因を考えると、薄給で先が見えない「修業」という形態に
問題がありそうだ。
この重要な問題について、私見を交えながら考えてみたい。
何年間、どのような修業し、なにを習得すればよいのか。
その結果、どのような立場に就けるのか。
日本料理人としての将来はバラ色なのか。
もちろん、個人差はある。
能力、人柄の差は確かに大きい。
そうはいっても目標をどこに持てばいいのか、若者は知りたいに
違いない。
 しかし、日本料理業界としての答えはない。
プログラムはそれぞれの料理屋に任されている。
しかも、厨房のスタッフ数や経営状態によって、仕事の内容と進歩の
度合いが左右されてしまう。
当然若い人からすれば、努力が報われるというシステムが見えてこない。
達成感も薄い。
たとえば、職場を変えると、それまで積み重ねて得た立場は保証される
のだろうか、という不安が残る。
旧態然とした日本料理界を敬遠する気持ちは痛いほど、わかる。
この反省から、優れた次の世代を獲得、育てるには、明快な修業の
プログラムと料理人が個的な利害を離れて料理人を判断した資格の
発行が急務と考えた。

この資格を持っていれば、職場を移った場合、経営者のみならず、
一緒に働くスタッフに対する説得力を発揮する。
職能資格に尊敬の念を待たせていこうと考えている。
例えば、マイスター制度を参考に、資格選考の最終質問は仕事のこと
でなく「弟子が麻薬中毒になったとき、君はどのようにその弟子と
立ち向かうか?」という類であり、資格を有する者には共に人と生きる
哲学を持っていることが試される。
そして、こういう質問には正解はない。
 しかし、優れた解には誰しもが共感できる。
それが、尊敬につながると考えている。
だから、新しい職場に移るとき、1ランクあるいは2ランク下の
仕事からではなく、相当のポジションで移ることを可能にする。
例えば、ニューヨークの日本料理屋で3年ほど働きたいと考える
料理人が、日本に戻ると、2~4ランク下がってしまう。
同じ立場の仕事に就ける環境作りが要る。
料理人としての生き方の選択肢を拡げると同時に、料理人の流通、
風通しを良くしていく。
料理人の人生があらゆる意味で魅力的にしたい。
 また、銀行協会と掛け合って、この資格が独立する若い料理人への
融資担保になるように話を持って行こうと考えている。
例えば4千万の融資枠が限度でも、この資格を持っていれば500万
上乗せして貰えるというお願いだ。
 

 資格を認定する前段階として、日本料理コンペティションを
位置づけている。
調理作業、外観、試食の三面を通じて、技術・センス・創造力を
判断する資格審査を考えている。
そのため受験者も、審査側も経験を積んで、現実に沿った完成度の
高い審査方法をあみだそうとしている。
その説得力こそが、この資格を取得する意味をもつからだ。
いずれ、日本料理資格を国家レベルで認定していく、フランス料理での
MOFに準じたものに育てようと思っている。
理想ばかりを並べ立てているようだが、業界全体の問題として
進めていかないと、日本料理が、いやわが国の食そのものが文化として
育っていけないだろう。
それにしても、道のりは果てしなく遠く、われわれだけではあまりに
微力すぎる。
食に関わる皆様に日本料理コンペティションに、是非ご協力下さることを
お願い申し上げる次第です。
 

 
橋本憲一 プロフィール

1948年 京都生まれ
1973年 梁山泊開業 鹿児島大学中退
1982年『包丁一本がんばったンねん!』(晶文社刊)
1983年 NHK銀河テレビ小説ドラマ化「がんばったンねん!」
1985年『うまい魚が食いたい』(晶文社刊)
    NHK総合「スタジオL」レギュラー司会
   『日本の市場』(朝日ブックレット刊)
1988年『うまい酒が飲みたい』(晶文社刊)
   『ソウル全市場案内』(トンボの本・新潮社刊)
1989年 文庫版『包丁一本がんばったンねん!』(新潮文庫刊)
1990年『NHK聞き書き・庶民が生きた昭和』(共著・日本放送出版協会刊)
1993年 梁山泊全面改築竣工
    NYC特別クルージング・ディナーで京懐石を108人分作る
1994年 ストックホルム・バルト海クルージングディナー200人分作る
1996年 倫書房編集長就任
   『立ち往生のすすめ』(水上勉、永六輔、灰谷健次郎、倉本聰、
    筑紫哲也共著・企画編集 倫書房刊)
1997年『たかがテレビされどテレビ』(永六輔著 編集 倫書房刊)
1998年『食いしん坊の料理屋です』(晶文社刊)
   『元禄時代がわかる。』(共著・AERA Mook朝日新聞社刊)
2002年「ANDONとは」(行灯展)酉福ギャラリー(青山2丁)陶芸展開催
2005年 Chevallier de Tastevin(ブルゴーニュワインの騎士)叙任

2009年   ミシュランガイド京都・大阪2010 二つ星

 

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