食のプロ・コラム

「器の力を信じて」東日本大震災から学ぶ

  • 2011年08月19日
  • 日本フードコーディネーター協会

            (有)ブロッサム・オブ・ナオコ  代表取締役 
日本フードコーディネーター協会常任理事   落合なお子

 

「器の力を信じて」東日本大震災から学ぶ

  

始めに、この度の東日本大震災で災害に会われた方々に、こころからお見舞い申し上げます。
 あの3月11日から約5カ月、被災者の方々の避難所生活もそろそろ限界に来ているとおもいます。
 しかし、仮設住宅の建設もままならず、また移転出来たとしても、所所の事情で避難所から出るに出られない方々も多くいらっしゃると伺っています。
そうした中、私達フードコーディネーターとして一番気になるのは、被災者の方々の食事です。
 勿論、災害発生時から、レトルト食品、即席めんをはじめかなりの非常食は各地からあつめられ急場をしのぎました。
 また、ボランティアの方々によるおにぎりや御味噌汁、カレーライスの炊き出しもされてきていますが、今だに避難所で配られるのは、冷たいアルミホイルに包まれたおにぎりや菓子パン、即席めんやお弁当などが主で、温かい汁物はなかなか口に入らない状態が続いています。
 また、子供たちの学校が再開されたとはいえ、給食はパンと牛乳だけの状態です。
このような状況はいつまで続くのでしょうか。
少し前に、二つの避難所の様子が放映されました。
その様子があまりにも対称的だったので、眼に焼きついて忘れられません。

ひとつは比較的おおきな避難所で、食料の配布もしっかりされ、毎日ボランティアの方々による炊き出しがされています。
大きなお鍋に具の一杯入ったとん汁はどんなに人々の体も心も温めてくれることでしょう。
ところが避難所の方々はうれしそうに並んで順番を待っていたのですが、いざ発砲スチロールになみなみとよそわれたその汁を前にした時の表情は複雑なものでした。
この熱い汁は「ありがたい。うれしい、」ボランティアの方々の温かい心も{ありがたい。}
 しかし、「この発砲スチロールの器では熱すぎて持てない。建物の中まで無事運ぶことができるのか。」という不安がよぎった表情でした。特にお年寄りや子供たちはそろりそろりとご自分の場所まで運んでいき、やっとの思いで持ってきた汁の器を床に置きました。
そして熱くて片手で持てないので、体を丸めて床に置いた器に口を近づけて食べはじめたのです。
まだ食台にするダンボール箱もなにもない状況なので仕方がないといえばそうなのですが、お年寄りや子供たちのその姿を見て涙が止まりませんでした。

もうひとつは村の集会場のような小さな避難所でした。
そこにはまだ十分な食料の配布がされていませんでしたが、村のお母さんたちが結束して井戸水でご飯を炊き、お味噌汁をつくり、残っている食料や漬物でしのいでいました。
その避難所のお年寄りたちは、ラップを敷いたお椀で熱いお味噌汁が配られていました。
画面に映ったおばあさんは祈るように目をつぶり、両手で包み込むように持ったお椀をささげていました。
その顔には緊張と恐怖から解放されたほっとした安心感と、神様やご先祖様、また村の繋がりに感謝しているようななんともいえない笑みが浮かんでいました。


この二つの映像ははからずも大きな教訓を与えてくれました。
どちらの汁も心のこもった温かいものでした。
非常災害時という特殊な事態であり、ライフラインが切断されてしまっているという状況でしたが、「食べる」と「食事」の違いを、食べ物とそれを入れる器と食べる環境により、人間らしさも失ってしまうほどの大きな違いが出てくるということを目の当たりにしました。
それはフードコーディネーター教本にもうたわれている「物理的栄養補給」と「精神的栄養補給」という、人間が人間らしく生きるという根本的問題といえるでしょう。
普段はなんでもなく家族で囲んでいた食卓、当たり前のように使っていたご飯茶碗や汁椀がどれだけ私達のくらしの支えになっているのかを、はっきりと認識できました。
このうえは、被災者の方々や避難所生活をしていらっしゃる方々が一日も早く温かい料理を自分のお箸やご飯茶碗や汁椀やお皿で食べられるようになるよう、祈るばかりです。
今、コーデイネーターとして私ができることは、器の産地組合と共に「仮設住宅の方々に一汁三菜の基本の器をお届けすること」だと活動を開始しはじめました。

憲法25条には こううたわれています。

 ・ すべての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有す
 
 ・ 国はすべての生活部面について社会福祉、社会保障及び
        公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

まだ10万人を超す人々が、この権利を保障されないでいるのが現状です。
 
 

 落合なお子プロフィール

ニューヨークにてフラワーアレンジメント・パーティーデザインを学び、
デュプロマを
取得。
1982年ブロッサム・オブ・ナオコを設立。
帰国後、日本ホームズにて「ホームパーティーセミナー」を開講し、
スクール活動を 開始する。
テーブルコーディネート論を確立し、日本色彩会・日本建築仕上げ学会にて発表。
フードコーディネート教本をはじめ各種参考書の執筆にたずさわる。

・三越文化センター
・大阪梅田大丸等の講座をはじめ各種のセミナー講師、服部栄養専門学校・文化服装
 学院・名古屋文化短期大学・青葉学園短期大学・戸板女子短期大学の非常勤講師を
 勤める。

・東京ドーム「暮らしを彩る器展」美濃焼特集(1999年) 
 京焼・清水焼特集(2000年)総合プロデュース 
 大阪OAP「暮らしを彩る祭典」総合プロデュース等のイベントプロデュースを
 数多く手掛ける。

・伝統工芸的産地プロデューサー 
 日本建築仕上学会会員 
 TALK-TCS副会長 
 日本フードコーディネーター協会常任理事

・和座季楽プロデュース

テーブルコーディネーター/ライフコーディネーター/
ブロッサム・オブ・ナオコ コーディネートスクール校長(東京・札幌)

最近の食のプロ・コラム

2016年11月28日 農業王国デンマーク
2014年12月11日 コーヒーと地域貢献
2014年11月12日 鰻料理   エトセトラ NO3
2014年10月29日 鰻料理   エトセトラ NO2
2014年10月07日 鰻料理   エトセトラ